メモパッド

メモ程度のことを気が向いたときに

過去作掘り出し①

 一月に一回ほど、その彼女からは電話が掛かってきて、大抵が週末の夜11時を回ったくらい。


 電話の向こうでは彼女は決まって酔っていて、喉が渇いた様な多少粘りのある声で「いまさー、何してんの?」とボクに尋ねます。

 その問いには答えずに「また酔ってんの?」と少し笑いながら訊ね返すと、彼女からばつの悪そうな空気が流れてきて、短い沈黙の後に素っ気無く、「別に」 と。
 
 服を着替えて彼女の住むワンルームマンションへ車で向かい、階段を駆け上って2階にある彼女の部屋に入ると、テレビの明かりだけが照明の薄暗い部屋の中、黒いネグリジェ姿の彼女は合皮製の赤いソファーに腰掛けていて、テレビに映るアメリカ製のアクション映画に夢中になっています。

 ソファーの前に置かれた、木製の小さい座卓の上にはビールの空き缶が4、5本不規則に並んでいて、その空き缶に埋もれるように、飾り気のない携帯電話と、ブリキで出来たピンク色の小さな灰皿が置いてあり、その灰皿には淡い色のルージュが付着した細い煙草の吸殻が窮屈そうに押し込められています。


 ボクは何も言わずに冷蔵庫からビールを取り出して彼女の隣に座って一緒に映画に見入ります。
 
 彼女とボクとの関係は微妙なバランスの上に築かれていて、彼女とは会う度にセックスはするけれど、彼女にしてみれば、ボクとのセックスは決して愛を確かめる方法であったり快楽を求める為のものではなく(ボクは快楽を求めて彼女を抱きますが)、同じ時間を共有している人間がいることに安堵を感じたり、彼女のいびつな生い立ちや境遇、環境から生まれてくる不安や焦燥などの観念を、一時でも和らげるためにボクという存在を受け入れているだけのように思えます。


 現に、事が終わればまるで何も無かったかのように再びソファーに座り直して各々煙草に火を点けて、紫煙が揺らめく室内にはテレビに内蔵されたスピーカーから響く華奢な破裂音と、遠くから聴こえる電車の車輪がレールを転がる大袈裟な金属音が不定期的に流れるだけで。
 
 ボクは、行為の最中に目に付いた、彼女の不自然に細くて白い腕に刻まれた真新しい傷が気にかかり、鋭利な刃物で切り裂かれたであろう3cmほどの切り口の、周囲の肉が少し盛り上がった箇所を指先で触れる程度になぞってみると、彼女は照れ笑いに似た表情を少し浮かべるだけで、その乾いた瞳に映るのはボクではなく、テレビから放射される鮮やかな彩色の可視光だけ。
 
 そんな彼女の横顔を見ていると、漠然とした不安(自分が幼児期の頃にとある毎に感じた、ピンぼけした不思議な恐怖感に似ている)を感じ居た堪れなくなり、かと言って彼女を救いたいと思う似非としか思えぬ正義感や、自己陶酔の結果生み出されるグラニュー糖のようなアクの少ない甘い言葉をかける気持ちも多少は湧いてくるものの、一時でも早くこの場から立ち去りたいと思う、自己嫌悪に陥りそうな罪悪感以上の気色悪い不快感が優先し、映画に見入る彼女の、彼女の不自然に濡れた唇に一方的に自分の唇を押し付けてサヨナラも言わずに部屋を出ます。


 そして、後ろも振り返らずにマンションの階段を足早に駆け下りるそんなシュールなシュチュエーションプレイ、略してシューシュープレイを先駆けて採り入れ割と成功を収めた風俗店店長の姪っ子さくらちゃんは今年で小学三年生、ランドセルにはいつも縦笛をさしています。